馬耳東風

 二日ほど前に、ある週刊誌記者から取材の申し込みがあった。

そろそろ勘弁してほしいと思うのだが、”公平” が私のポリシーの一つでもあるので応じた。

 「世間では、色々批判もある様です?」

との問いかけに”80億層評論家時代に誰が何を言ったかを気にして生きるほど、

繊細では無いと答えた。

 人が何を考え何を思うかに気を使わなければならないのか?

兎角日本人は、”きずき”とか”気づかい”に心を砕くことを美徳としがちだが、

それは、無用な諍いを避けたいと言う消極的世当たりでは無いだろうか?

縁あって5年ほど外地で仕事をしたことがある。 

 最初の3年余りは1人駐在で、独身の若造は名実ともに一人。

小学校卒用して1週間後には、実家を離れ他人様の中で生活した経験が役に立ち

全く孤独感が無い、単純な性格ゆえに”寂しい”と感じたことはなかった。

 かの地では、正しい事は、自分で主張し実証しなければならない。

良くも悪くも自己主張が大事! 自分の意見を持つことの大切さを教わった。

 しかし、全く他人に配慮をしないわけではない。

郷に従いながら生きてはいるが、善意へのただ乗りには嫌悪を覚える。

 議会傍聴の際の理事者答弁には、本当に失望した。

正に善意へのただ乗り、 善意の搾取以外の何物でもない。

 そんな、首長を持つ住民は、幸せになれるのだろうか? 満足なのだろうか?

「予算が無い」に怯えなければならないのか?

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